
盛岡・一ノ倉邸の“ひな遊ぶ”に行ってきました。
明治後期に盛岡市出身の政治家・阿部浩(貴族院議員、東京府知事)が造り、その後一ノ倉氏へ譲渡され、現在は盛岡市の保護庭園に指定されている。

江戸時代の“亨保雛(きょうほびな)”から、大正時代・平成時代までの雛人形200体あまりが、邸内を3会場に分け飾られており、その展示の様子は見応えがあり中々壮観でした。
一ノ倉邸のボランティア解説員さんに、雛人形にも時代の変遷があることを教えていただきました。
それでは、写真を中心に雛人形の数々をご紹介していきます。
雛人形段飾りのメインは、江戸時代の“亨保雛(きょうほびな)”


“ひな遊ぶ”のメイン展示の段飾りです。真ん中が最も古い江戸時代亨保年間の雛人形で、左右が昭和年代の雛人形です。

江戸時代の雛人形では、段飾りの最上段向かって、右に内裏びなの男雛(お殿さま)、左に女雛(お姫さま)となります。

そして男雛に足が見えることもこの時代の特徴で、女雛の宝冠も本物に似せ当時は高価なビーズを埋め込んだ贅沢な造りになっています。

現在は内裏びなのの配置は反対で、左に男雛(お殿さま)、右に女雛(お姫さま)が飾られています。

昭和年代に創られた雛人形は、内裏びなの配置や、三人官女も立ち姿は左右の二人と違います。
三人官女も江戸時代は真ん中が立ち姿、左右が座姿でしたが、現在は左右が立ち姿に変わっています。

この雛人形も江戸時代後期のものですが、防虫対策として着物の裏に“桐の粉”をいれたのだそうです。そのおかげで当時に近い状態で保存されてきたとの事。
かっては公家や大名など高貴・裕福な人々のものだった雛人形も、時代が進むと共に小さめの人形が好まれるようになっていった、という事でした。

内裏びなの配置は現代風ですが、三人官女は江戸時代風なので、大正時代の雛人形でしょうか?



大小も様式もさまざまな雛飾人形




盛岡・一ノ倉邸とひな祭りの魅力

一ノ倉邸の由来と価値
盛岡市に位置する一ノ倉邸は、江戸時代後期の建築様式を色濃く残す歴史的な建物で、文化財としての価値が高いです。
この邸宅はかつて豪商の住居として栄え、現在ではその当時の暮らしや文化を伝える重要な場所となっています。
一ノ倉邸は、木造りの精緻な建築技術と、日本古来の美意識を感じさせる内装が特徴で、見る人を時代旅行に誘います。
また、この邸宅は四季折々の自然美を楽しむことができる庭園を有し、訪れる人々に穏やかな時間を提供しています。

ひな祭りとその魅力
ひな祭り、または桃の節句は、3月3日に女の子の健やかな成長を願って行われる日本の伝統的な行事です。
この日には、華やかなひな人形を飾り、春の訪れを祝います。特に、一ノ倉邸ではひな祭りの期間に合わせて特別な展示が行われ、古き良き時代のひな人形や装飾が公開されます。
これらの展示は、日本の伝統文化や家族の絆の大切さを今に伝え、訪れる人々に深い感銘を与えます。

女性へのメッセージ
一ノ倉邸とひな祭りは、日本の伝統と美を感じる絶好の機会です。
この歴史ある邸宅を訪れることで、日本の文化遺産の素晴らしさを再発見し、家族や友人との絆を深めることができます。
特に女性にとっては、自らのルーツや、美しさを表現する伝統的な方法を学ぶ機会ともなります。
ひな祭りの期間に一ノ倉邸を訪れることで、日常から少し離れ、心豊かな時間を過ごすことができるでしょう。
一ノ倉邸とひな祭りは、過去と現在をつなぐ架け橋であり、訪れるすべての女性にとって、忘れがたい体験となることでしょう。

↓盛岡市のひな祭りイベントを紹介しています↓

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